【日記】 縁

    私がずっとお手伝いをさせていただいている朝崎郁恵さんの唄が挿入曲として使われている映画「縁」(えにし)の試写会に行ってきました。

    映画の内容については触れられませんが、派手さはないですが素晴らしい映画になっていました。
    朝崎郁恵さんの唄も非常に重要な役割を果たしていて、予想以上の“唄効果”を感じられました。封切りは来年とのことでまだまだ先ですが、是非多くの方に観ていただきたい映画です。

    この映画 タイトルの通り「縁」がテーマです。
    映画では、主人公が体験する親や恋人との物語を中心に、映画の中にも登場するキルトのように、モザイク状に少しずつ織り重なる様々な「縁」の物語が、映像散文詩的に描かれていました。

    そして、この映画でぼくが特に感動したこと、それは「結ばれる幸せな縁」に対して「解かれる縁」と表現すればいいのでしょうか? そういう「縁」の持つ二面性をきちんと描いていたことです。

    他の国のことはよくわからないのですが、日本では「縁」を、何か超常的な力が導くものであるとする信仰が根強いと思います。私が深く関っている奄美等はその典型的な例で島唄にもよく唄われます。(縁という言葉ではないですが)

    偶然とも必然ともつかないご縁でめぐり合い、導かれるように深くつながって行く人との縁というのはぼく自身もよく感じていることで、そこには「神様のお引き合わせ」としか言いようのない不思議な力が働いているんじゃないかと感じることがあります。

    しかし一方で、いやおう無しに見えない力で解かれてしまう縁というのもこの世の中にはあるのですね。おそらく同じ数だけ。
    感情のもつれだとか、人の性(さが)とかそういう関係性をはるかに超えた力、まるで観えない巨大な手で無理やり解かれてしまっているのではないかというそういう“縁”というものも。

    そして、その“表”と“裏”がそれぞれ深くあるからこそ「縁」は、いつの時代も人々にとって最大の関心ごとであり続けているし、人の“幸せ”と直接結びついているのでしょう。

    主人公のメインストーリーだけ追ったらありがちな縁結びとか、結婚とかの人間模様だけ感じて終わってしまいそうなこの映画に、そうした表面的な「縁」の姿だけでなく、きちんと、「縁」の表裏一体の姿である“何か”を感じさせ、日本人の深層心理/霊性に響くような奥行きを与えたのは、一つには朝崎郁恵さんの唄であり、そしてカメラマンのクリストファー・ドイル氏のさりげなくも一つ一つのシーンを丁寧に美しく描く独特な映像美であったことは間違いないと思います。
    またさらには キャスティングや登場人物のキャラクター設定、細やかなサイドストーリーまで手を抜かないシナリオ。さらにはそれらをバランス良くレイアウトした演出やプロデュースあってのことでしょう。

    朝崎郁恵をフィーチャーしていだたいた担当者の方、そして映画に携わった全ての方に感謝いたします。

    2015.6.24