和ろうそくのともし火

手作業の宇宙~和ろうそく作り体験ワークショップ

    2016年9月19日 川越にお店を構える「haze」さんを招いて、和ろうそく作り体験ワークショップ『古き良き灯り』を開催しました。

    屋号を『古今結縁(ここんゆえん)』と改めてから最初のイベントでした。
    15年前、最初にこの築100年にもなるかという古い長屋を借り、リノベーションしたとき以来となる大きな改装(主に土間部分)もして、無事盛況のうちに終えることができました。

    今回、参加者の方が和ろうそくを作りながら「まるで瞑想のようだ。」と話していました。
    コツコツと、一見同じ様な動作を繰り返す作業をしていると、意識がそこに集中していき、一種の瞑想/トランス状態になるというのです。
    和ろうそく作りの作業が、『単純作業』であるがゆえに起こることでしょうか。
    そして単調で手間のかかる作業であるがゆえに、安く早くできる西洋産の工業製品キャンドルに取って代わられつつあります。

    これが今回の作業スペース。奥にはhazeさんの和ろうそくの販売品等の展示も
    これが今回の作業スペース。奥にはhazeさんの和ろうそくの販売品等の展示も

    手作りによって出来上がった作品の持つ風合いとか、温もりや、ゆらぎは、それに命が宿っていることを感じさせてくれるような、有機的な「質」を持ちあわせています。

    ですが「火を灯す」「照らす」等の“機能”性だとか、または「仏壇に供える」とか「非常時の灯り」等の“合目的”性というような基準のみでその品の評価をするのなら、上述したような手作りの品の「質」などは評価の対象にさえならないでしょう。長く、明るく火が灯り、そして安い工業製品には勝てません。

    今の世の中全体が、機能性だとか合目的性や利便性、そして何よりも優先される商品としての経済性や合理性といった価値基準ばかりに支配されているからこそ、和ろうそくのような手作りの品は衰退しています。
    この現象はあらゆる分野で起きています。
    そしてその結果として、粗悪で安いものごとばかりが世に出回っています。

    そのことに疑問をずっと持ちながらも、こうした商業主義に基づく工業化によって失われたものとは何なのだろうか?かつての手作りの品があたりまえに作られ、利用されていた頃の文化/時空はどんなものだったんだろう? そこにぼくたちははどんな価値を見出せるんだろう?
    それが言語化できずにずっと苦しんでいますが、その一つのヒントが、今回の「瞑想のようだ」という参加者の言葉にあったような気がします。

    仕上げに使う半田ごて。先端部分はオーダーメイド。
    仕上げに使う半田ごて。先端部分はオーダーメイド。

    工業製品の生産ラインでの単純作業と、今回の和ろうそく作りのような手作業の本質的な違い。
    つまりそれは、外なる自然と内なる自然を結びつけ調和させるような、瞑想で得られる全体性のような時空の有無なのではないのかな? そんな気がするのです。

    今回作った和ろうそくの原材料は「櫨(はぜ)」の実。それを特殊な加工によって蝋の成分をとりだして溶かして使う。手で芯に何度も何度も塗りつけて太くしてゆくのだけど、それが繰り返しの作業となります。
    手に伝わる温度や質感、形、そして香り、色、さらには塗りつけるときの音等を「無意識」のうちに察知しながら人間の手にしかできない微細な調整をしながら均一に塗りつける。一見単純な繰り返しに見える作業の中で、実は、日常とはかけ離れた、精妙な自然との対話が行われています。自然はいつでも、大きな力を秘めていて、ある特殊な行為(技術)によって、そこから何かしらの不可思議な力とか美しさとか、機能を引き出すことができるのです。そのための自然との接触であり対話です。

    そうして作業する人の意識は通常とは異なる深度で櫨蝋、つまり自然と一つになり、それと調和していきます。櫨蝋や、五感で感じる外なる自然に触れながら繰り返し繰り返し行なう動作によって開かれる回路を通じて内なる自然である無意識が自我とつながっていく。これは「瞑想」と本質的に同じ行為でしょう。

    蝋を塗り重ねる
    蝋を塗り重ねる

    現代の都市での生活はますます便利になり、「もの作り」や「芸能」が生活の中から消え、「私欲」を刺激する人工的な「商品」によって覆い尽くされています。
    インターネットの時代になってそれはさらに加速し、さらにはAIによって記憶や思考/判断までもが外部化されていく時代に突入しようとしています。

    それでも「いのち」の根源は決して内なる宇宙も外なる宇宙も忘れることはありません。
    限りなく潜在化することはあっても。
    内も外もない野生の領域(=自然)は生命の本質であり、その領域との接点を失ったとき、ヒトは自らを維持することができず、それまで築き上げた尊く愛しい営みも儚い夢と消えるでしょう。
    生命は本能的にそのことを知っています。だからこそ、人は便利になればなるほど、自然を求め、瞑想という自然と一体化しようとする行為を忘れることはできないのでしょう。

    「ものづくり」や「芸能」は、他の動物とヒトとを分かつ、高度に豊かな営み。人類の繁栄や豊かさも、全てはそこから始まっていると言ってよい、ヒトの礎となる行為です。それらは、文字や記号では伝えることが難しく、人から人へと丁寧に受け継がれてきました。そして今、手仕事や、民俗芸能は衰退し、失われる危機にあります。

    和ろうそくは、そのできあがった「モノ」ももちろん美しく、さらにそのともし火はキャンドル等と違い、より揺らぎのある豊かで美しい火です。それに惹かれ、購入するのももちろん良いですが、できあがったものに触れるだけでなく、それを作る体験をすることで、よりその本質に触れることができるのでしょう。

    塗りつけ完了!ここから仕上げ
    塗りつけ完了!ここから仕上げ

    「瞑想のよう」という参加された方の言葉をこうして改めて咀嚼してみると、今回の『古き良き灯り』のワークショップを通じて「モノ作り」そしてそれらをとりまく環境や社会をミクロ~マクロの視線で見つめ、感じ、考えていく、そのきっかけになるような貴重な体験ができたのではないかと思えてきます。
    これからも、そうした機会をたくさん提供していきたいなと、改めて感じています。

    川越から来ていただいた「haze」の戸田さん、そして参加してくれた皆様に感謝します。

    また、今回は『古今結縁』として 『SANGA』さんのお香、『いしょくら制作所』の『手織屋』さんの織物を展示させていただきました。今後彼等のことも紹介していきたいと思います。

    2016.9.22
    古今結縁 結

    仕上げ作業
    仕上げ作業
    できあがり!
    できあがり!
    わかりづらいけど天井にはひょうたんスピーカー
    わかりづらいけど天井にはひょうたんスピーカー
    点灯
    点灯
    和ろうそくのともし火
    和ろうそくのともし火
    hazeの和ろうそく
    hazeの和ろうそく
    hazeの和ろうそく 「カラフルミニー」
    hazeの和ろうそく 「カラフルミニー」
    SANGAのお香といしょくら制作所の布
    SANGAのお香といしょくら制作所の布

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